Galleries of Justice
1.Nottingham街歩き
おはようございます。自分の写真のExif情報を見たところ、1枚目の写真の撮影時間は午前6時38分でした。我ながら早起きです。
今日はここからノッティンガムへと向かいます。北アイルランド旅行のはずなのに、なぜ私はイングランド内をうろちょろしているのでしょうかね。
ここSt Pancras駅は、Londonに着いた私が真っ先に向かったDoncasterへの電車に乗った場所であり、またすぐ近くに大英図書館があるということでVictoria・Waterlooと並んで思い入れの強い駅です。まあだからどうってことはないんだけど。
思い入れは強いのですが、駅ナカをウロウロした記憶はほとんどなく、駅の記憶もかなり断片的です。2階構造だったのは覚えてるんだけど。まあ、WaterlooやVictoriaの駅構造をどこまで覚えてるのかと言われると、これらも特に覚えてはいません。なんなら、Southamptonでもやっとこさ、という記憶です。
 |
 |
 |
 |
| 6時38分 |
St Pancras駅 |
テムズリンクの入口 |
1階 |
 |
 |
 |
 |
| 2階 |
改札口 |
乗り込みます |
列車は無事、遅延なくノッティンガムに到着しました。Southwellの競馬までまだ時間があるので、しばし観光することにします。
ついでに、当時の私のメモ。
- 爆睡して到着。
- レンガと白い鉄組の駅はなんとなく見慣れてきたが、どこといわれると困る
まず向かいますのは、Galleries of Justice。
Nottinghamの駅からの道は写真に残されている以上の記憶はありません。まあこれを書いている2025年9月からみれば、すでに9年前のことなので仕方がない。
2枚目のラウンドアバウトの写真をどこで撮ったのか、今頑張ってGoogle Mapのストリートビューで見つけ出しはしたんですが、記憶喚起にすらならない写真に何の意味があるのか自分でも分かりません。
噴水のある広場とその前にある議事堂っぽい建築物も一体どこなのか分からなかったんですが、Nottingham Council Houseのようです。これも写真の隅に写っていたバーガーキングから検索したものです。私は一体何をやってるのでしょうか。そして、Council
Houseなのに、結婚式場扱いされてます。よく分からないし、まあ中にいろんな業者が入ってるだけなのだろうけれど、深追いすると切りがないのでこれで尾張。
 |
 |
 |
 |
 |
 |
| 駅に到着 |
ロンドンロードのラウンドアバウト |
どこで撮ったのかも分からない地図 |
Nottingham Council House |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
| Cheapsideの電車通り |
Broadmarsh Shopping Centre入口 |
Pitcher & Piano Nottingham
教会跡を使った飲食店でしょうか |
2.Galleries of Justice(National Justice Museum)
さて、なぜ撮ったのか分からない写真を処理したのはいいとして、なぜか次に乗り込むGalleries of Justiceの外観写真がありません。目的地が近付くと精神的余裕がなくなって写真を撮らなくなるのは自分あるあるなのですが、まさかここでやらかしてるとは。
さて、このGalleries of Justice、Wikipediaによると、2017年にNational Justice Museumという名前に変わったようです。
ぱっと見Nationalになったということは、松下電器の金が入ったか税金が入ったかのどちらかだとは思いますが、じゃあ具体的に何がどう変わったのか、私の知るところではありませんし、Wikipediaにも特に書かれていないので気にしないことにしましょう。
ただ、私の旅行記は基本的に自分が撮った写真で記憶を取り戻しつつ、ネット記事やパンフレットで諸々補足するという、旅行記でもなんでもない産物でありまして、「ネット記事で諸々補足」という部分がここの変更で怪しくなる可能性があります。
さて、このNational Justice Museum、ネットを見ていると「国立司法博物館」と訳されているようです。Justiceは正義であって司法とは違うのではないか、日本人が大好きな三権分立的発想からいくと、ここは司法と行政がセットになった場所なのだから司法だけ推すのは違うのではないか、といったあたりが気になるところですが、じゃあなんと訳すのが正解かは分からないので、とりあえず例によって文句だけつけてそのままにしておくことにします。
まずは、パンフレット。内部構造までしっかり書かれた有用なパンフレットです。ここで書くことではないですが、こういう場所で配られているパンフレット、日本のものは極めて質が高いですが、東南アジアとか南アジアだとそもそも配っていなかったりして困ります。このあたり、文化施設への予算の問題やそもそもの印刷料金の問題があったりもするのでしょうが、とにかくパンフレットがしっかりしている場所は重要です。
そして、ここで買ったガイドブック。
 |
 |
 |
 |
 |
| 表紙 |
余計な脚色のない
シンプルな地図 |
表紙と裏表紙 |
その後の内容
泡沫サイトなので諸々のことは気にしないことにします |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
|
2.1 Criminal Court
では、まずはCriminal Courtからスタートです。私はエゲレスの刑事裁判には詳しくないので、この法廷がいつの時代のもので、その時代の法廷としてどの程度一般的なものなのかは全く分かりません。とりあえず、私がこれまでに見た刑事法廷(SouthamptonとLondon。なお、ほかにも行ってたことについては直後に書きます)はその形状がまったく異なっており、一般化できる何か(最低限のものは法律上決まってるのだろうけど)がどこなのか、全く分かりません。
ただ、とにもかくにも地下から被告人席に上がっていくという構造が非常に面白い。面白がるものじゃないだろと言われたらそれまでなんだけど、それでも作った人の狙いや発想も分かりやすく、それが実際に運用されていたというのは本当に興味深いです。階段から転げ落ちた人とか、看守を階段に押し倒した人とかがいなかったのかは気になるところだけど。
なお、ガイドブックでは、1724年にこの場にあった法廷の床が落ちた事象が語られております。凄い大事件だな、と思う傍ら、この頃の日本は大岡忠相が町奉行として活躍していた時代であり、日本を見習って地面の上で裁判をやってればこんなことにはならなかったのかもしれません。まあ裁判制度自体は全然違うものだっただろうから比較するもんでもないけど。
なお、ここで「面白い」と書いた時点では上述の通り、私がイギリスで見た刑事法廷はここを含めて3つであるという認識でした。が、ここで当時の私のメモが発掘されました。
- 真ん中からしたに降りるのはリバプールと同じ
- 床がぶっこわれたことがあるらしい
- 時計は最後の事件が終わったときに止まったまま
完全に記憶から飛ばしていましたが、どうやら私はリバプールで、法廷の真ん中(被告人席)から下に降りる構造の法廷を見ていたようです。おそまつ。
それにしても、時計が最後の事件が終わったときの時刻のままだという極めて興味深い重要情報を忘れていたのは我ながら大失態。
ちなみに、このGalleries of Justiceで書かれたメモはここでおしまい。刑務所のなかは暗くて先を急いでいて、メモどころじゃなかったと思われます。
 |
 |
 |
 |
 |
| 正面 |
後ろ |
上 |
後ろから |
 |
 |
 |
 |
 |
| 前の方からぐるりと |
証言台付近から左 |
右 |
 |
 |
 |
 |
 |
| 傍聴席 |
傍聴席上の時計 |
裁判官席の左側からぐるりと |
 |
 |
 |
 |
 |
| 裁判官席 |
書記官?の席 |
あらためて裁判官席 |
|
 |
 |
 |
 |
 |
| 被告人席から下に降りられます |
階段 |
階段途中から上を見る |
2.2 County Gaol
Gaolということで、いわゆる刑務所ですね。未決勾留と判決後の勾留とか、そういう区別があったのかは私の英語力と私の英国法の知識レベルでは分かりません。日本的三権分立の発想だと、裁判所の被告人席が判決後の勾留施設や純粋な捜査中の被疑者向け未決勾留施設と繋がっているのはいかがなものかということになりますが、誇り高き英国紳士が三流国家フランスのモンテスキューの考えをどこまで取り入れていたのかは私の知るところではありません。
 |
 |
 |
 |
 |
このジョージというのは、
ジョージ1世〜ジョージ4世まで
の時代だと思われます |
なかの様子
あたりまえだけど、暗い |
ここに収用されていた人の紹介
John SpencerとMary Brammer
John Spencerはgibbetedということで、さらし首に近い
形だったのではないかと思います |
通路には窓もあります |
 |
 |
 |
 |
 |
| 囚人拘束具 |
Burning at the Stake。1790年まで、夫を殺した女性は衆人環視のもとで生きたまま火あぶりにされた、とのことです |
 |
 |
 |
 |
 |
| なかの様子 |
顔面拘束具
自殺防止かと思ったら、魔女裁判で魔術師として拘束された?人が
拘束者に魔術をかけない+睡眠防止であったようです |
Arrival in prison |
このあたりの様子 |
 |
 |
 |
 |
 |
| The Rules |
Table of fees |
Prison Rules |
室内 |
ちょっとガイドブックと写真の居場所のリンクが分からなくなってきてますが、気にしないことにします。とりあえず、まだまだ牢獄は続きます。
暗い場所
 |
 |
 |
 |
|
|
| この辺りの様子 |
|
|
 |
 |
 |
 |
 |
 |
| なかが暗いのは、Night Cellという展示だからだと思われます |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
| この辺りの様子 |
The Warder。刑務官ですね。刑務官の環境もよろしくなかったようです |
ここから、イギリスらしい螺旋階段を下って下へ。みんなお待ちかね、Prison Bathであります。
こちらの風呂は狭いのですが、日本的な(但し、石造り)風呂釜があります。シャワー式ではありません。散髪についてもそうですが、衛生環境はいろんな意味で大事ですからね。
また、女性向け?Hard Labourで出てくるOakum picking、おそらく麻のような繊維を色々なにかするのだと思うのだけれど、翻訳を見てもどうもピンとくるものが出てきません。イギリス文化を背景とした何かがあるのだろうか。
 |
 |
 |
 |
 |
 |
| Bath House & Laundryへの階段 |
Prison Bath
全囚人は汚れを落とすために風呂に入る必要があったとのこと
tepid bathというのはぬるま湯という意味のようです
シャワーではなく、比較的日本的な風呂ですね |
|
 |
 |
 |
 |
 |
 |
ヘアーカット
汚れのほか、害虫防止のために頭は刈られたようです |
Medical officer。用事があるなら午前9時までに来いとのこと |
 |
 |
 |
 |
 |
|
| Laundry。衛生上重要作業であるとともに、重労働であったことは台湾で学びました |
|
 |
 |
 |
 |
 |
 |
| Women's Prison |
Hard Labour |
なんの部屋か記録がないですが、
ガイドブックを見る限りおそらく女性囚人用の部屋です |
外へ
ここがなんのスペースかも記録してませんが、
ガイドブックの地図によると女性用の運動スペースだと思われます |
そのまま進みます。水がしたたって滑りやすいという注意書きにおびえつつ、Sheriff's Dungeon。直訳すると保安官の地下牢です。「保安官の」という部分が日本人にはよく分かりません。
この地下牢、フランス語を語源とするOublietteと呼ばれていたようで、ここに死ぬまで放置されていたことを由来とするようです。恐ろしい。
 |
 |
 |
 |
 |
| 地下へと向かいます |
到着 |
 |
 |
 |
 |
 |
| The Oubliette |
多分ドアのなかを撮ったものだと思う |
 |
 |
 |
 |
|
| 解説 |
ここからさらに下がある |
|
 |
 |
 |
|
|
| 下を撮った図 |
あらためて地下牢の様子 |
|
|
暗い地下牢から上に出て、明るいCourtyardに出ます。運動場でしょうか……と思ったら、なにやら死刑囚の解説が出てきたり、死刑台っぽいものが設置されていて、明るさとやっていることのバランスが取れておりません。
日本の旧刑務所に行ったことがないので(パッと思いついたのは中野刑務所だけど、正門しか残ってない)、日本ではどんな具合に元囚人や元死刑囚の紹介をしているのか分からないのですが、
 |
 |
 |
 |
 |
| 出口 |
Nottinghamshire
county yard |
conty gaolの解説 |
Exercise yard |
 |
 |
 |
 |
 |
| 運動場 |
見上げる |
逆側から |
Exercise |
 |
 |
 |
 |
 |
| William Saville |
Thomas Gray |
John Fenton |
The Gallows |
木のオブジェ |
2.3 Debtor's Prison〜Dark Cell〜Transportation
Debtor's PrisonとDark Cellsへの道。Debtor's Prisonとはなんぞやと思ったら、債務者監獄という項目がWikipediaにありました。ただ、このWikipedia、「著名なイギリスの債務者監獄」という項目で挙がっているのがすべてロンドン。ここNottinghamのものは著名ではないようです。それにしても、こんなところで私でも知ってるチャールズ・ディケンズの名前を見ることになるとは。クリスマスキャロルの作家であることは分かっているのですが、肝心のクリスマスキャロルのストーリーが頭から消えていることに気付いて、慌ててあらすじを見なおしました。そうか、ドケチなスクルージのストーリーは父親が債務者監獄にいたことも影響しているのかもしれないのだな。
 |
 |
 |
 |
| 運動場から債務者監獄へ |
わりと重要そうな解説なのに完全にピンボケした |
Table of fees |
 |
 |
 |
 |
| Debtor's Prison内の様子 |
The Turnkey |
そして、The Condemned cell。日本でいうところの懲罰房ですね。ここに、Dark Cellという、とにかく光の入らない部屋があります。先ほどOublietteで見た暗い房となにがどう違うのか、ちょっとよく分かりませんが、ガイドブックにない範囲のことを深く勉強しようと思うと大変そうなのでとりあえず暗いところに閉じ込められたら人間は発狂して大変なことになるだろうな、という通り一遍の感想だけ書き残しておくことにします。
 |
 |
 |
 |
少なくとも1800年までは懲罰房として使われ
3名の死刑が執行されたとのこと |
The Prison punishments
Iron & fetters |
 |
 |
 |
 |
The Dark Cell
1878年まで使われていたとのこと |
フラッシュ焚かずに |
フラッシュ焚いてみた |
 |
 |
 |
 |
上の方
思いのほか天井は高い |
蜘蛛の巣はってました |
別の部屋 |
苦しそう |
そこからさらに下に、”The Pits”と呼ばれる部屋があります。どうもここは囚人の送り先へ送られる前の囚人達を詰め込んでおく部屋だったようです。
 |
 |
 |
 |
| このあたりの通路 |
The Pits |
 |
 |
 |
 |
| The Pits |
そして、Transportation。移送です。イギリスの囚人の送り先というとオーストラリアが思い浮かびますが、1614年にはアメリカにも送られていたようです。さすがイギリス人、やりたい放題だな。ブリカスの名は伊達じゃない。
 |
 |
 |
 |
|
| 解説 |
展示の様子 |
|
|
|
 |
 |
 |
 |
 |
私の英語理解が正しければ
廃船を使って移送していたようです |
展示の様子 |
乗組員James Porter
こんなところで
Prince of Walesという船名を見るとは |
 |
 |
 |
 |
|
| Diet。国会でなく、食事です |
食事量を測る器具 |
|
 |
 |
 |
 |
|
| 病気など |
毎日のルーティン |
象牙
囚人が象牙に絵を残した、ということかな? |
|
 |
 |
 |
 |
|
| Convict ship、囚人船ですね |
|
 |
 |
 |
 |
 |
| Penal Colonies、流刑地 |
The end of Transportation |
2.4 Police Box&Police Car
そんなわけで、展示終了。
最後に、警察機能の展示は外にちょっとだけ。Police Boxとパトカーがあります。
警察〜裁判所〜刑務所と、1つの建物にすべて入っている状態は機能的ではあります。ただ、現実的に国家機能だけで理想的な社会がつくられるとは限らない、運用するのは人間である、という問題ですな。
 |
 |
 |
 |
|
| Police Box |
Police Car |
|
 |
 |
 |
 |
 |
| Conty Gaolのドア。どうも単純なスペルミスらしい |
建物外観 |
County Gaolの入口上の文字はどうも単純にミススペルのようで(公式Facebook)、「かつてはここが人間のゴールだと思われていた」といったような深い意味があるわけでは無さそうです。石造りの建物はミスが残って大変ですな。
そして、最後の最後に要約建物外観の写真が出てきました。やる気の無い1枚だけ残されております。
北アイルランド旅行
旅行記TOP / テーマ別